仏の心を知った日。

連休明けの朝、あるあるな光景。

イメージ。在りし日のうちの娘…。

登園拒否の意思を示すために地べたにひれ伏す2歳児。
当然親は困惑。仕事の時間とか予定で頭いっぱいだし、2歳児重いし。

朝、そんな親子を見ながら昔の自分を思い出し…そういえば、ひっくり返って抵抗する2歳児を見て思い出したのが、仙台の法事で見た”五体投地(ごたいとうち)”だったのです。

五体投地というのは両肘両膝と頭を地面につけて、全身を地に投げ伏すお祈りです。初めて知ったのは、写真で賢治さん憧れのチベットのカイラスという聖なる山の写真展でした。巡礼する人々が五体投地で移動しているのを見て、五体投地話に聞いて、あまりに衝撃的で「最高の拝礼というのはなんだかとても非効率的で痛そうだ…」というのを最初に思ったのです。

仙台の法事の時は、若い僧侶のそれは、舞のようで美しい光景でした。繰り返し飛び上がり袈裟が舞う。初めて見た人は一体何をしているのだろう…という景色なのですが、私は「あぁ、これはカイラスのあたりで行われてる“五体投地”と同じか!」と、感動したのです。日本で、今も五体投地は行われているんだと。

ただ、祈る側の動機は「すべてを投げ出して祈る行為」なのかもしれませんが、このアクロバットリアクションを見て、仏は何を思うのだろうか…と、本堂の仏像を見ながら考えていました。

その時は考えるのですが、特に仏教の研究をしていたわけではないので深追いをせず置いておいたしまったのですが(笑)

2歳児に床に転がって抵抗される姿を見て、急に私は思ったのです。

(あぁ、私の立場は仏像だ!)

立場は、五体投地されている側です。ということは、私は今、すべてを投げ出して訴えられている、まさしくその立場なのです。

心境:「うわぁ;(困惑)」

仏が人間の都合で生み出された存在であって、本当は祈りを受け止める力が無いのなら、実はこんな心境なのかもしれません。

今、2歳児の五体投地に困惑してる出勤前のパパ・ママ。あなたたちは皆、仏様と一緒ですよ。そして、あの頃の私もきっと仏様でした。

(今?今は…鬼です。)

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