宮澤賢治の詩の世界

宮沢賢治さんの表現する世界に美しい憧れがある一方で、
同じ地域に生まれ育った者として、どうにも嫌な感じにひっかかる部分もあり、
ミュージアムの中にいる時にはその部分で苦しみました。
その時に、心の拠り所だったサイトが宮澤賢治の詩の世界です。

客観的な論拠で緻密に分析している文章を拝読しては「あぁ、そう見ればいいのか」「そう見えているのか」と。
ヒントを得ては、地方共同体の同一視のような状態から距離を置いて「宮沢賢治」を見るための、見方の指南のようなものを得ていました。
長年一方的な読者だったのですが、私が長く疑問に思っていることが話題にあがることがなかったため、遂に質問してしまいました。
質問の数か月前、突然事故にあって「あぁ、危うく突然人生が終了するところだった(かもしれない)」と思い、呑気にダラダラと時間をかけて取り組んでいると、中途半端に終わるなぁ……それもどうかと思うな!と、思って追い詰められたのかもしれません。
一方的な自分都合での質問でしたが、サイトを運営されている浜垣さんから、私に向けて、いつものブログの丁寧で緻密な分析と口調そのままにお返事をいただきました。

そこからの私の調査と分析が、このナギノート/賢治1931のブログですが、昨日、浜垣さんが一連の経緯をまとめて、宮澤賢治の詩の世界でご紹介くださいました。

京都への旅を報告した時、「ジョバンニとカムパネルラみたいだ」と感想いただきました。
なによりの誉め言葉であり、ご褒美だと感じ、とても嬉しく思っています。
浜垣さんの助言と応援に、心から感謝申し上げます。
ありがとうございます。

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