銀河鉄道じゃないほうのSLの話<4>

銀河鉄道じゃないほうのSLの話<3>の続き。
「1931年に宮沢賢治が上京する際に乗ったSLの型」
これだけのことが、さっぱり出てこない。
今の世の中、だいたい何でもヒントくらいはくれるネットを検索しても出てこない。
萬世橋駅の跡地で、お茶を飲みながらウロウロしてもノーヒント。
違うことは色々と出てくるのに、この件はノーヒント。

そこで、遂に、いつも拝読していたブログの主様にメールしてしまいました。

そのブログは「宮澤賢治の詩の世界」です。
作者は浜垣誠司さん。
2006年(平成18年)7月
……とにかく夏の暑い日でした。
除幕式が終わってまだ数日の時に「詩碑を見に来たお客さんがいる。しかも京都から!詩碑のサイトやってるんだってさ!!」と館長が興奮気味に話しながら、案内から戻って来たのです。
「詩碑」と「京都」という言葉で浜垣さんと気づいたのですが、お帰りになられた後の話だったのでひどく残念な経験として記憶に残りました。お話ししてみたかったなぁ。

石と賢治のミュージアム、収蔵品についての整理と認知も大事な仕事でしたが、
はるばるいらっしゃるお客様の目的が多様だったので、
宮沢賢治についても東山町についても途方もない量の「知らないこと」が目の前にあって、
どうしようもない感じだったのですが
わからないことを検索すると
「宮澤賢治の詩の世界」に書かれていて、
そこで具体的に考察されていることが理解の助けになったり、賢治さんの思考の足取りを追う上で、
「日めくり」には大変お世話になりました。
「日めくり」の存在がなければ、書簡と辞典と作品(しかも全部いっぱいある)を往復しないと経緯を追えないので、道標としてどれだけ助けていただいたことか。

けれども、サイトの中に答えは無かったので、浜垣さんは興味がないんだろうか?それとも考察中で置かれているのだろうか?と、さすがに不躾に伺うのも憚られて、数年様子を見ていたのですが、
自分が万策尽きて、結局のところは不躾に質問してしまったのです。
それにもかかわらず、翌日お返事をいただいた上に、内容はブログ同様の穏やかで丁寧な口調であり、
わかりやすく明確な内容でした。
本当にただただ感謝です。ありがとうございます。
そこで、いただいたお返事をきっかけに、事が進みます。
つづく

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