宮沢トシと東京<3>音楽教師と二美人の初恋3/21

「岩手民報」大正4年3月21日3面“音楽教師と二美人の初恋”

「岩手民報」大正4年3月21日3面“音楽教師と二美人の初恋”

●音楽教師と二美人の初恋

▷丈なす思いの手紙を紛失
▷文子の初恋は片恋(かたおもい)に終わる

先生先生とは思いども、迷うては卑しきも尊ときも皆隔てなき恋の懐かしさに堪えかねた文子は、ある夜、生まれてよりかつてなき血潮の動揺に、怪しくも乱るる心の常には、美しき水茎の跡も乱れがちに裂き捨てては思い止まらんかと思い、思い迫ってはまた書きつらねて、思いに余る心の丈なす文を懐中にして登校した。
しかし『生徒が先生に恋する、ラブレッターを贈る、彼女は耐え難い心の要求と道徳との大なる矛盾に想倒して倒れんばかりに悲観した。あぁ、この手紙……たとえ、瞬間でも先生のお目に触れねば、我が恋心の百萬分の一をも先生に了解して戴く事が出来ない。

それにしても、あぁこの手紙………『どうしよう、どうしよう』
誰にも知れぬ様にソッと先生の机の抽斗(ひきだし)に隠して置こうか、
それとも赤いレターペーパーに赤い切手を貼って赤いポストに投げ込んで赤い心の程を優しい先生の御手に封をきって戴こうか。
どうしようどうしようと思い惑って居るうちに、文子はその手紙を紛失してしまった。
驚き慌てた文子は狂気の様になって、懐や袂はもとより机の抽斗、控所、裁縫室、果ては廊下に至るまで、その日自分が歩いたと思う處の総てを探し廻ったが、その何処にその影さえ見出す事ができなかった。
死刑の宣告を下された囚人の様に蒼白になった文子の下唇は、キッと食いしばられて血が滲み出してジッと据って瞬きもせぬ瞳の底から湧き出づる涙にその眼が曇っていた。

しかし文子が如何に狂気になって何處(どこ)を探したとて、もうその文は二度と文子の手に帰るべき心配はなかった。それは同じクラスのM子が拾っていたからである。
好奇心にひかされたM子は、何の考えもなく日ごろ仲良しのK子に話すと、バッと立った噂に春木先生は寝耳に水の驚きの一方でなかったが、殊に文子は益々蒼白になって、そこに卒倒せんばかりであった。
悪事千里を走るの例ひに洩れず、たちまちこの事が全校一般の評判となってしまった。
しかし、幸いにも退校処分等を受ける様な事はなかったけれども、入学以来ただの一度も『組長』と言う名義を外の女に譲った事のない彼の女……文子、学術優等品行方正と麗々敷書き記された幾枚かの賞状を重ねて、人からは後ろ指一度さされた事のない文子も、一朝恋焦れた先生に、一筋に思いつめた心の届かぬのみか、ただ先生を驚かしたばかりで、永久にぬぐふべくもあらぬ黒雲に包まれたまま、文子の恋は哀れ片恋(かたおもい)に終わってしまったのである。
(つづく)

本文解説

………平成後期から令和に至る今、ブログやメールなどのweb媒体が主流となり、もったいぶった言い回し(優雅な言い回しを含む)は「カビ臭い文」と言われて敬遠するようになりました。
情報過多の現代では、もったいぶるほどの情報というのもそうそうなく、インパクトばーん!わかりやすくばーん!としないと、関心を引けず。読んでもらえず。ついでに、 読者の読解力も低下しているので伝わらず。

前の記事から思っていたのですが……カビ臭い。カビ臭いを百年前だからと多少後ろに譲っても、なんかセンス無い。
「流行り風」で「悪意がある」からそう感じるのではないかな?と思うのです。
なるべく破廉恥に書き立ててやろう
なんなら赤だって印象もつけちゃおうか
正義の使者として、貧困農家の憂さ晴らしをしてやろう
当時の流行り風の悶え感のある書き方を真似てはいるけれど、全体寄せ集め的な印象で、
表現として自分のものにしていない人が書いているんでないかなー?というのは私の感想です。
賢治さんが家業を嫌っていたのは、一般には「質屋という仕事が、大変な境遇にいる人を更に追い込むから」となっているけれど、この連載においては、あきらかに新聞記者に悪意を向けられています。
トシさんの落ち度というより、宮沢家を貶めるためにネタにされています。
恋文を書いて渡せなかったことに留まる文子に退学云々が向けられるなら、逢引の疑いがかかっている貴美子はどうなのよ?と。
逢引の本命よりも、文子に連載の3分の1を割くって…。

資料について補足

資料について補足。
漢字は現かな漢字に変換打ち換え。
(例:居る(をる)→いる。など、読みやすさ優先で主観変換してますので、ご注意ください。大正の文章の雰囲気を生かしながら、訳文が必要ない程度の読みやすさでいじっています。「、(読点)」「。(句読点)」も当時と今では用法が違っているので、今様で打ち換えています。)
原文主義の方、画像でどうぞ。

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