吉祥寺と賢治

今の吉祥寺と宮沢賢治というと、イメージ的に自然に結びついてしまいますが、当時は郊外の武蔵野丘陵。吉祥寺駅はありました。中央線、すでに汽車ではなく電車で都内まで往来してるんですよ。

深沢紅子(ふかざわ こうこ)著「追憶の詩人たち―深沢紅子随筆集 (1979年)」に、賢治さんの訪問を受けたことが書かれています。

追憶の詩人たち―深沢紅子随筆集 (1979年)『一ぱいの水』

それはそれは暑い日の真昼のことでした。昭和六年、当時武蔵野の吉祥寺に住んでいた私の家に、つめ衿の白い麻の服を着た人が訪ねて来ました。

賢治さんの目的は、友人の菊池武雄を訪問すること。 武雄が不在だったため、隣家の深沢紅子に新聞紙にくるんで細いひもを十文字にかけた平たい包みを二箇預けます。 賢治・武雄・紅子。共通は岩手県出身です。

吉祥寺駅北口(井の頭公園が無いほう)を出て東急百貨店を目指します。 東急百貨店を挟んで平行に昭和通り大正通りがあります。

どちらでも目的地に着くので、私の趣味で大正通りを歩きます。

住宅街です。不意に、8つ目の曲がり角で、左を見ると、家が途切れているところが見えます。

むかって右の駐車場が深沢邸跡。

深沢邸は駐車場になっていることもあり、全く面影がありません。

左の野田南公園が菊池邸跡です。

菊池邸も特に表示などないのですが、なんかこう、見ていると。。。公園にしては不自然な植樹の配置。

もしかして、菊池邸の「門的な」または「玄関の両脇」に植えてあったケヤキではないでしょうか。

気になったので、武蔵野市役所に問い合わせたところ、「公園になった時に既にあったもので、元の所有地にあった」との記録があったとのこと。 菊池邸の庭木だったことは確定です。

どこかから菊池邸の写真や間取りが出てきたりしないのかな…?などと思いつつ、樹木の配置から家の姿を妄想します。

通りから入って、アプローチ。ケヤキの間を通って母屋の玄関。カラカラカラ……「ごめんくださーい」。 なんだか、樹と樹の間に建物が建ってそうな気がする雰囲気は残っていました。

昭和通りを駅に向かう途中で、一本逸れて吉祥寺プティット村というなんともファンシーな一角を発見。

その中のTEA HOUSE はっぱというお店に入りました。

小上がりやおむつ替えシートが完備の、子連れに優しい設備がありつつ、なんとも可愛らしい雰囲気のお店。

女子にちょうど良い量ですが、お子ちゃん連れだと、子どもにパンやスープをシェアできるので、これは良い♪ やさしい味なんだけど、これ、子ども食べそうよ。 いつもは同行大人限定の賢治散歩ですが、吉祥寺は子連れ可能。(本日、年長さん同行してました。)

野田南公園を走り回り、はっぱでもりもり食べ、その後は井の頭公園。 子どもは子どもで楽しんでおりました。

もりもり。おしまい。

関係リンク

外部リンク

相棒のよりみちノート東京版はこちら。

改訂版 東京よりみちノート ([バラエティ])

今回のノートは、ひとり東京さんぽ withよりみちノート (よりみちムック)に付録としてついていた、ちょっとだけ範囲の違うマップの東京よりみちノートです。

ひとり東京さんぽ withよりみちノート (よりみちムック)
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